エッセイ

職業病

「お大事にどうぞ〜」

と、いまだに私は、調剤薬局で働いていたときのお決まりフレーズを口にしてしまうことがある。

病院を受診したときに、受付の人や看護師が「お大事にどうぞ」と患者を見送る声に、かぶせて言いそうになり、慌ててごまかす。体の芯にまで染みついた言葉だ。

本来であれば、『お体を大切にしてください』という意味合いで使われるであろうフレーズである。

しかし、恥ずかしながら、新卒薬剤師時代にはそのフレーズに対して、見送りの挨拶以上の意味を込めることなく、ほぼ無意識的に使っていた。

時々、目上の患者に「どうぞお大事になさってください」と下手な身繕いを言葉にかぶせてみてたり、

「お大事に〜」や「お大事にしてください」などと小さくバリエーションを増やすことで、定型文じゃありませんよ。と主張するダサい薬剤師だったと思う。

僕にとっての「お大事にどうぞ」は、ある時を境に意味を持った。

新人としてある程度業務に慣れた頃、在宅訪問という、患者さんの家に薬剤師として出向いて、お医者さんから処方された薬を持って行く業務を担当することになった。

必要に応じて薬の説明や服薬方法をお伝えし、症状に対して適切な薬が出ているか、他の病院から飲み合わせが悪い薬が出ていないか、などなど色々とチェックをする。

雑談の中から生活状況をくみ取って、食生活や運動生活のアドバイスまですることもよくあることだが、身の上話をすることでどんどん関係値が深まっていく。

そんな気の置けない関係になった患者さんが、体調を崩し、ベッドから起き上がることができなくなったことがある。
しかし、薬剤師としては薬を届けて必要な事を伝える以外、特に何もしてあげられることはない。

その去り際に言う言葉は、やっぱり、「お大事にどうぞ」しかないが、この言葉じゃない感がもの凄く、胸に引っかかる。
「お大事にどうぞ」では全然思いを伝えきることができず、行きどころのないもやもやを残して薬局に帰る。

そのときの帰り道で気が付いたことは、いつも調剤薬局で患者さんに言う「お大事にどうぞ」は、なんて軽かったんだろう、ということだ。

私たち薬剤師にとって、患者は1日に何十人も来局される患者の中の1人だが、患者さんにとっては週や月に一回、いや、何なら数年に一回しかこない薬局だ。
そのときに、なんの気持ちもこもっていない「お大事にどうぞ」を背後から聞かされたって、なにも感じることはないし、なんなら、人によってはイラッとするだろう。

その気づきからは、お大事にどうぞ以外の言葉を使うことが断然増えた。患者さんに合わせた言葉を使うようになったし、無意識での対応が大きく減った。

同じ「お大事にどうぞ」だとしても、たとえすぐに後ろを向いてしまった患者にも、背後からその人をちゃんと見て「お大事にどうぞ」を言うようになった。

いまだに、「お大事にどうぞ」を聞くたびに、このときの経験を思い出して、はっとする。

最近、自分の言葉をぞんざいに扱っているんじゃないかなと。
無意識に使っている言葉が多いんじゃないかと。

うん、素敵な職業病だ。

あなたには、何気なく使っている言葉はありませんか?

誰かに伝える「ありがとう」にしっかりと気持ちをこめていますか? 
毎日の「いただきます」は何を思い浮かべて言っていますか?

何気ない言葉だからこそ、自分が口にする言葉には意味と責任を持って生きていきたい。